IT (情報技術) 学習記録

主に情報処理技術者試験等の、IT・ICT系、または電気系の学習記録を中心に。放送大学、働き方、世の中も。

ITはITだけでは存立できない


ITはITだけでは存立できない


ITはITだけでは存立できない。ITとはソフトウェアであり、制御系ならばハードウェアが、業務系ならば対象となる業務、それらがあってはじめて存在し得る。

「私はITの専門家です」「私はITエンジニアです」と言いながら、ハードウェアのことや(ハードウェア系に対しては同じ技術系として知らないことは恥じる傾向はあるが……)、ましてや「ユーザー側の業務」には何の関心も持たない者が居る。


プログラミングに固執する者たち


そういう者は、ITをきわめて狭い枠でしか捉えていない。そういう者は、プログラミングだけが真のITであると思い、プログラミングをしない役割の者を否定する。そしてプログラミング力こそが最強であると思い込む。

現実世界には、扱うシステムの規模が大き過ぎて、プロジェクトマネージャー、アナリスト、アーキテクト、DB管理者、プロジェクトリーダー、テストエンジニア、バージョン管理者など、様々な役割分担をしなければ絶対に完成しないシステム開発プロジェクトもある。しかし、そういったプロジェクトに参加した経験もない者や、参加したといっても最下層からしか見たことが無い者ほど、プログラミングだけが真のITであると信じている。(多重請負構造の中の最下層の立場でしか参加したことが無いなら大規模プロジェクトの全貌は絶対に見ることはできない。多重請負構造を積極的に肯定する気はないが……)


体系的な情報工学コンピュータサイエンスの学習を軽視する傾向


日本はユーザー側のITリテラシーが低い。より正確に言うならば日本人は一般的にITリテラシーが低い傾向が強い。リテラシーとは基礎力であり応用力でもある。これだけパーソナルコンピューター(PC)や、スマートフォンなどの情報機器が浸透している時代にありながら、それらの「しくみ」「何ができて何ができないのか」を知悉する者は少数派だ。「しくみ」を理解していない者が多い(理解している者が少ない)という事実は「ITエンジニア」を自称する人々にも言える事実である。

なぜならば、日本では欧米などとは異なり、基礎から情報工学コンピュータサイエンスを専門に学んだという学歴がなくても(いわゆる文系でも)ITエンジニア職には就くことができる。独学や我流でプログラミングなどを学び、経験した者でもそうした職種に就ける。無論、それは悪いことばかりではない。しかし、我流で学んだ自負が強い者ほど、体系的な情報工学コンピュータサイエンスの学習を軽視する傾向がある。

体系的な学習は軽視するが、プログラミング言語や開発環境、新技術の習得には逆にものすごく意欲を見せる。とにかく「自分の市場価値を高めたい」「時代に取り残されないように新技術を追い求めたい」という意欲だけは高い。

しかし、これはあまり知られていない事実だとは思うが、業界で有名なインフラエンジニアの多くは、若い頃に地道にしっかりと情報工学の基礎を学習し(学歴が文系であったとしてもその場合は職に就いてから体系的な学習を行い)、泥臭い業務系などのアプリケーション開発を極めた経験を持っているものである。そうした経験の下地があってこそ、経験の中から普遍的な部分を抽出することが可能となり、やがて優秀は真のITエンジニアとして信頼を勝ち取っていったのである。


本当に求められている人材/人財とは


上述したように、日本はユーザー側のITリテラシーが低い。経営者はもちろんのこと、若い担当者もITには疎い。PCなどの使い方には長けている者もいるが、本質的にシステム開発というものの性質には疎い。欧米ではITエンジニアはベンダー側よりもユーザー側の方に多くが所属している。だから、ユーザー自身が業務とシステムとの整合性を考えることができる。しかし、ベンダー側にITエンジニアが偏っている日本では、これが困難となる。

  • ユーザー側はシステム開発には疎く、自分の本業ではないという意識が強い。だから、ベンダー側に要件定義さえも「丸投げ」しようとする。

  • ITエンジニアの多くはユーザー業務には興味がなく、「IT技術力は自信があります」と言いながらも、要件定義に対する提案力が低い。「仕様は正確に言ってもらわないと困ります」「要求仕様通りに作りました」と言い続ける残念なITエンジニアが多くなってしまう。

このような「ユーザー側とITエンジニア側との距離が遠い」ということこそが、日本のIT業界の問題の本質だ。

本当に求められている人材/人財とは、上記の遠くなりがちな「ユーザー側とITエンジニア側との距離」を短くできる人財なのである。

ITはITだけでは存立できない。この言葉の意味がおわかりいただけただろうか。ITというものは常に対象が必要である。制御系なら設備や機械などのハードウェアが存在し、業務系なら個々のユーザー固有の業務が存在する。それらの「対象」への理解が不足している状態では、どんなに純粋なIT技術を学習したとしても活かすことができない。

仮に活かすことができるとしても、それは「与えられた仕様に基づいてプログラミングを行う」といったきわめて限定的な場面にしか活かせない。


何事も「否定」をする者は若輩者


「若いうちはとにかくコードをたくさん書け」「資格なんか価値は無い」と豪語している猛者がよくいる。その意見を全否定する気はないし、頷ける部分もある。

しかし、普通にこのように考えられないだろうか。

  • 情報処理の資格試験などに何百時間も費やしている暇があったらその分コーディングして腕を磨け

 → 情報工学コンピュータサイエンスの学歴などの「基礎知識をしっかりと体系的に学んだ経験がある」という証拠を持っていない者こそ、情報処理技術者試験などの試験は重要であり、そういう試験の合格歴でもって基礎的な知識の有無の第三者に証明をする必要があるのでは?(試験は試験に過ぎずいくら合格したからといって実務能力に直結しないことは皆が知っているし、そこが試験の価値ではない。試験の価値は「第三者への基礎知識の証明」である)

 → それに、いくらコーディングの能力が向上したとしても、前述のような「真に求められる人財」にはなれないですよ? 無論、コーディング能力も重要。本当に優秀な者であれば、プログラミング能力の向上と資格試験の取得とを両立することもできるはずでは?

  • 至高なのはインフラエンジニアなので、業務知識が求められる業務SEなどやめてしまえ

 → 上述したように、本当に実力がある有名なインフラエンジニアは、泥臭い業務系などのアプリケーション開発をたくさん経験しているものである。そうした経験がないと、業務系のSEや、ユーザー側の担当者に対して堂々と意見を言えたりはしないものである。


システム開発において本当に重要な事項などは、えてして何十年も前の開発現場と変わらない部分も多い。

また、時代はくりかえされるという傾向がある。レガシーシステムのインフラのしくみに驚くべき高度な技術が存在していたりするものである。

日本がすでに「技術立国」などではなくなって久しい。

IT業界も昔に比べて実は衰退しているのかもしれない。


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