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IT (情報技術) 学習記録

主に情報処理技術者試験、オラクルマスター、Linux技術者試験(LPIC)等の、IT系、または電気系の学習記録を中心に。(働き方や世の中も)

なぜみんな『やりたいこと』にばかり目を向けるのだろうか…『やれること』も大切だと思うのだが


なぜみんな『やりたいこと』にばかり目を向けるのだろうか…『やれること』も大切だと思うのだが


特にいま就職活動をしている人や、かつての就職活動の体験を振り返っている人(たいていはとてもお若い人)の個人的な記事を見て、思うこと。

「なぜみんな『やりたいこと』にばかり目を向けるのだろうか…『やれること』も大切だと思うのだが」

別に「やりたいこと」を否定する気はまったくなくて、「やりたいこと」が明確なら、それを目指すのは良い事であると思う。

しかし、「やりたいこと」自体がわからない、という悩みを抱えている人が、けっこういる模様である。


『やりたいこと』がよくわからなかったら『できること』を考えてみる

「やりたいこと」をやり続けることが、幸福な生活であるとは限らない。

正直、人間には向き不向きはある。自分が持っている才覚的なものが、自分の好きなことと一致しない事はよくある。

…というか、自分の好きなことは趣味レベルでしかなくて、それを仕事にするにはハードルが高い、なんて人は、世の中に山のようにいる。

以前に「社畜なんて言うな」という記事でも少し書いたが、サラリーマンだって、見方を変えれば、それなりに創造的な部分もある。

kf7757.hatenablog.com

また、基本的に、いわゆる「ブラック企業」にでも入らない限り、どんな職場で、どんな仕事をしたとしても、必ず「成長する部分」というものがある。

自分はまだ学生の身なので、そもそも「やれること」なんて思いつかない、という人もいるだろう。

日本の新卒一括採用システムは、いろいろと批判も多いが、「やれること」「できること」が何もない人でも採用してくれるという意味では、諸外国より優しいとも言える。(無論、新卒偏重の特殊な就職環境は、好ましいとは決して思えないが)

学生の頃には「やれること」がなかったとしても、特定の職場で1~2年も経験すれば、絶対に「やれること」ができる。むしろ、「自分にしかできないこと」もできているかもしれない。それは内容的な面だけではなく、例えば品質の面、速度の面など、様々な見方からして。

属人化は良く無い事だと言われ、嫌われる。また、よく中堅以上の人で、「その仕事が自分に振られる事を避けたい」という理由で、自身の職歴や経歴を言いたがらない人がいる。

でも、「自分にしかできない仕事」と言えるものが、この世の中に存在するという事は、実はとても幸福な事なのではないだろうか。


自分にとっての、quality of life、QOLで考えてみるのも重要

「やりたいこと」でも「やれること」でも考えるのが大変ならば、もっと足元を見てみる事も重要だ。

生涯年収がー、とか、そんな不確定な未来を考えるよりも、毎日通う職場としてはここが良い、とか、ぎゅうぎゅうの通勤電車で通うよりも歩いて通いたい、とか、そういう事の方が、はるかに考えやすい。

学校を選択する時には絶対に通いやすさは考慮するだろう。仕事は、職場は、もしかすると学校よりもずっと長く関わるかもしれないのである。転勤の有無はけっこう重要な事ではないだろうか。大企業の総合職として採用されたら、日本全国のどこに異動させられるかわからない。それを考えたら、拠点が一箇所にしかない中小企業で働く方が、もしかしたら自分には合っているかもしれない。

同様の理由で、顧客企業に派遣されたり、客先常駐が多かったりする会社でないかどうか、そこはこだわっても良い点だと思う。(この点は、前述した「できること」の成長の点とは相反する可能性もある。派遣先が優良企業で関わる事ができる仕事に魅力が見いだせるなら、必ずしも悪い面ばかりではない)


これからの時代は「ゼネラリスト」には不利。「スペシャリスト」を目指す方が良い

中央官庁を始めとする公務員や、大企業の本社には、高学歴だが実務は現場に丸投げしているだけのゼネラリストが大量にいる。この点は以前にも記事で触れた。

kf7757.hatenablog.com

いま、60歳前後のシニア世代の、「再就職」の現場において、ある現象が起きている。

これまで大企業で様々な職場を転々としたような典型的なゼネラリストや、同じく大企業で長年経理などのスタッフ業務を支えてきたという人が、自分の子どものような歳の、再就職希望の人事担当者から、「あなたのスキルには価値がない」と言われてしまっている。

上記の2例で言うと、前者のゼネラリストの人は、それこそ「突出した管理職としてのマネジメントスキル」があれば話は全く違ってくるようである。おそらくそうした人材は、年齢が多少高かろうと、それこそ引く手あまたであろう。

後者の経理の人は、簿記がある程度できる程度の汎用スキルしかなく、近年求められているIT経理には強くない事が、低評価の理由であるらしい。

一方で、これまで設備管理の機械系エンジニアとしてやってきた人や、職人的なスキルを持っている人は、評価されている。


同じ仕事であっても取り組み姿勢で得るものがまるで違ってくる

上で「ゼネラリストは不利」と書いたが、より正確に言うならば、「中途半端なゼネラリストは不利」という事である。ゼネラリストも突き抜ければ武器になる。

管理系の仕事や、ゼネラリスト系の仕事の方が向いている、という人ももちろん多くいる。少し格好良く言うならば、「ファシリテーター」としての仕事である。

優秀なファシリテーターは、人の力を引き出す事がうまい。

人の力を引き出すには、その人をいかに早く深く理解できるか、にかかってくる。

それには、その人から素直に学ぼうとする謙虚さ、尊敬の念(リスペクト)などがもちろん不可欠であるが、実はそうしたものを持つ場合にも必要となるのが、「何らかの専門性」「自らの得意な仕事の分野」なのである。

ゼネラリストなのに専門性(スペシャリスト的なもの)が必要だというと矛盾に聞こえるかもしれない。しかし、人はどこかを軸にして成長するし、どこかを軸にして他人を理解するものなのである。

自分なりの軸を持っている人は強い。

では、どうすれば軸を持つことができるか。

例え2~3年ごとに人事異動があるような環境であっても、その時点で与えられた職務に責任を持ち、ただ上から下へ、または右から左へと、仕事を流すような仕事をよしとせず、一つ一つの仕事を理解して進めるような姿勢を持つことである。


時には下手なプライドは捨てる。しかし自尊心は大切に!

日本では、ジョブホッパーは好まれない。

私も個人的にはおすすめしない。その理由は上述の意見を読んでくれればわかると思う。

が。

もしも、毎日の職場環境において、自分の自尊心がどんどん削られていくような状況なら、例外である。早く辞めよう。

自尊心とは人の尊厳にも近いものである。

そうしたものが削られる環境は例外なくブラックと思って良い。

自尊心と、下手なプライドをごっちゃにしてはいけない。

学歴自慢などはまず間違いなく下手なプライドになる。

カルチャーギャップは、自分の中にあるこれまでの下手なプライドが心理的な衝突を起こす事である。だから、新社会人は、まずそこから苦労する。

削られているものが、自尊心の方なのか、下手なプライドの方なのか。

そこだけは注意だ。


就職氷河期においては、残念なことに、自尊心の方を削られる現場が多数あった。

今でもそれに苦しんでいる人はいることだろう。

それは本当に残念なことである。